令和人文主義とは
令和人文主義は哲学者の谷川嘉浩さんが提唱した概念で、暇と時間を持て余した意識の高いインテリ大学生に向けた小難しい教養(という表現をあえてする)を目指したコンテンツではなく、ビジネスパーソン向けのカジュアルな勉強・読書を促す令和の潮流のことを言っていると思っている。三宅香帆さんに代表されるのだろうが、僕はその走りは千葉雅也先生の『勉強の哲学』だと思っている。
AIに要約させてみよう。
「令和人文主義」の要約
哲学者・谷川嘉浩氏が提唱した「令和人文主義」とは、近年の人文知(人文学的な知)における文化的潮流を指す言葉です。主な特徴は以下の通りです。
1. 基本的なスタンス
「学ぶこと自体への自己充足性」の肯定: 知を競争や評判の道具にするのではなく、学ぶこと自体の喜びを重視します。
二極への距離感:
教養主義(垂直的な知): 知の誇示やマウントをとる姿勢からの脱却。
ファスト教養(水平的な知): 換金可能性やアテンションエコノミー(注目経済)に回収される知からの距離。
「斜めの知性」の実践: 上記の二極のどちらにも偏らない、独自の知のあり方を追求します。
2. 具体的な特徴
ターゲットの変化: かつての教養主義が大学生を主対象としていたのに対し、現在は**会社員(ビジネスパーソン)**を意識した語り方になっています。
表現と展開: 現代的な文体を用い、SNSや多メディアへの展開を意識しています。
専門性と協調: 反アカデミズムではなく、専門分野や専門家との協調を保ちつつ、独自の専門性を持って語ります。
言語へのこだわり: 言語哲学や言語学的な視点を含み、言葉への強いこだわりを持ちます。
3. 時代背景
特定の世代論というよりも、2016年以降の**「ポストトゥルース」やSNSの普及といった社会的条件**によって現れた「時代の兆候」として捉えられています。ご提示いただいた文章の要約は以下の通りです。
「学ぶこと自体への自己充足性」の肯定: 知を競争や評判の道具にするのではなく、学ぶこと自体の喜びを重視します。
二極への距離感:
教養主義(垂直的な知): 知の誇示やマウントをとる姿勢からの脱却。
ファスト教養(水平的な知): 換金可能性やアテンションエコノミー(注目経済)に回収される知からの距離。
「斜めの知性」の実践: 上記の二極のどちらにも偏らない、独自の知のあり方を追求します。
cotenの深井龍之介さんやゆる言語学ラジオなんかも含まれているらしい。読者層の変化のほかに、メディアにとらわれずに、専門分野をわかりやすく、というのが定義に含まれているようだ。
令和人文主義の面白い点
僕も三宅香帆さんの動画を見ているのだけど、何よりも摂取しているコンテンツの量や幅が尋常じゃなくかなり参考になるし視点も面白い。本も読んだが薄っぺらい意見を述べるビジネス書なのだろうと舐めて読んだら日本の読書史を列挙した上で主張をするかなり分厚い(テキトーにはかけない)内容のものだった。
これまた個人的なことだけど僕はアニメや漫画が大好きだ。小説も少しずつだが齧っている。だから、それらの広く一般に「文化」が広く受け入れられ、経済を活性化し、さらにアウフヘーベンされよりよりものになった行くことはすごく嬉しいと感じる。名前はあげないが、あんまり面白くもない批評をする人も少なくないが、「あ〜それそれ、それ思ってたのよ言語化できなかったけど」という批評を展開できる人は少ないと思うし、令和人文主義の中でそういった潮流が育っていくことはかなり面白い点だと思っている。何様だよという感じだけど。
手前味噌
これは以下のブログでも書いたことなのだけど
https://takeruhukushima.github.io/blog/leaflet/#/3msljdf6ikk2f
これからは理系と文系の境目がなくなる時代になっていくと思っている。どういうことかというと、ロボット作る人もSaaS作る人もAI作る人もだんだん哲学・思想・倫理・心理学の公理系に接続しなければならない時代になると思っている。逆も然りだ。人文系の人もWeb2やLLMの存在は無視できない。それが現れているのがデジタル民主主義だし、ATProtocolだしAgoraだしDDSだ。こららはSaaSと思想・哲学が境目なく織り交ぜてある。技術的にも面白いのに、社会形成にも寄与する。そんな製品がこれから使われていくのだろうと個人的に思う。
出典
時代の兆候としての「令和人文主義」。あるいは、なぜ突然そんな用語をつくったのか。【追記:よくある質問】:https://note.com/houkago_kitsune/n/nbcbfb7d7a339#7416FF74-A88E-41D8-9161-CD8DEBF6B667